打者(バッター)
デーブ・ヒルトン
DAVE HILTON
(67歳没)
42
入団 | 1980年(29歳) |
退団 | 1980年(30歳) |
1950年9月15日生まれ。 2017年9月17日逝去(67歳没)。 フルネームはデーブ・ヒルトン。
背中を屈めた極端なクラウチングスタイルの打撃フォームが特徴の巧打の内野手。ヤクルトでは球団創設以来、初の優勝に大きく貢献。打率3割をマークしベストナインにも選出されたが、翌年は成績が残せず、自由契約。阪神へ。
阪神では18試合で打率1割台と極端な不振に陥る。いわゆる「岡田問題」も重なり、5月に解雇された。
.197| 0本| 4打点
年(齢) | 試 | 打 | 安 | 率 | 本 | 点 | OPS | 長 | 出 |
1980(29) | 18 | 71 | 14 | .197 | 0 | 4 | .479 | .239 | .240 |
通算 | 18 | 71 | 14 | .197 | 0 | 4 | .479 | .239 | .240 |
阪神通算打率
.197阪神通算本塁打
0本
阪神通算打点
4打点(10打数で1打点)
阪神通算OPS
.479阪神通算長打率
.239阪神通算出塁率
.240ヒルトンが阪神に入団した年には六大学のスター・岡田彰布も入団。シーズンが始まると当時の監督ドン・ブレイザーはヒルトンを起用した。
しかし阪神ファンは岡田の出場を熱望。ヒルトンが打席に立つと岡田コールが巻き起こり、球団に連日50本以上の協議の電話が殺到。試合後にはヒルトンの乗ったタクシーがファンに取り囲まれる騒動が起こった。
岡田を起用しないブレイザー監督にも矛先が向かった。それはマスコミ主導によるものも多く、「ヒルトンは岡田の出場を阻止する為に獲得した選手だ」と報道。「ブレイザーはヒルトンの契約金の一部を懐に入れた」という、とんでもないものもあった。
結局、ヒルトンは打撃不振もありシーズン途中の5月10日に解雇、ブレイザーも5月15日に解任された。
なお、岡田はこの後、108試合に出場。規定打席も到達し、打率.290、18本塁打、54打点で新人王を獲得した。